2017年 04月 12日
桜 |
KAKONEKONONIWA
高い枝から差し込む幾重にも重なった光の帯を、桜の花びらが通り抜けてゆく。舞い上げられ、風に乗って流されて、濃緑色の常緑樹の生垣を超えてゆく。花びらはその先にある鉄道のレールを渡り、小さな公園の上にたどり着く。芽吹き前のまだ薄茶色をした芝生の上にゆっくりと降りてゆく。誰かが水を入れて置いた陶器の鉢の中にも花びらは落ちてゆく。どこからか猫が現れて、花びらの浮いた水を飲む。その猫の白い背中にも陽は降り注ぎ、花びらは舞い降りる。チューリップやアリウムの柔らかい葉の茂る花壇を通り、猫は錆びたフェンスをくぐり抜け、アスファルトの道に出てゆく。小走りに斜めに渡って行く猫の足元を花びらが舞う。どこからか人の歓声が聞こえる。きっと違う時空で聞いた声だ。それはほんの数十秒のことだったのに、猫も道も人の声も長く歪んで、変形した時間はまるでストップモーションのように、何倍もの長さに感じられる。見えない時の断層に、花びらは吸い込まれてゆく。一つとして同じ形のない幾万もの花びらが、水のように流されて旋回し、音のない世界に飲み込まれてゆく。時の回廊は暗い宇宙の闇のようで、一塊になった花びらは星雲の渦巻きになり、心臓のように脈打って鼓動する。宇宙の深い峡谷は、暗い海が底なしの水を湛えていて、花びらは岸壁に当たって砕け散る波の飛沫となって舞い上がる。暗い海に降る花びら。白い波に飲まれてゆく花びら。春の雪。万華鏡のように繰り返す同じ場面のない風景。見上げると、花びらがゆっくりと舞い降りてくる。天空の全ての星が下降してくるように。自分があたかもせり上げられてゆくかのように。星の数ほどの花びらが降りてくる。心のひだに舞い降りた花びらは、ぴったりと付着して決して離れない。
by kakoneko-nyan
| 2017-04-12 23:29
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